makontyno’s diary

少し前の映画とか、最近の映画とかについて語るブログ

映画「三度目の殺人」やはりテーマは「家族」だった!?

映画「三度目の殺人」は是枝裕和監督が、福山雅治と「そして父になる」に続き2度目のタッグを組んで制作された法廷サスペンス。
是枝監督は「そして父になる」の他にも「海街ダイアリー」などで「家族」をテーマに映画を制作していた。

今回、初の法廷映画という事で、脚本を300回書き直したという話もあるほどである。

ただ、今回の「三度目の殺人」は、やはりテーマは「家族」ではないかと思う。
ここから、映画のネタバレ全開で考察していきたいと思う。

三度目の殺人」あらすじ
弁護士の重盛(福山雅治)が弁護を頼まれた容疑者三隅(役所広司)は、1人の男性を撲殺、ガソリンをかけ焼き殺した殺人の容疑にかけられていた。
三隅の減刑の為に身辺を調査する重盛は、三隅が殺害した男の娘、山中咲江(広瀬すず)と出会う。
三隅は、殺害した男の娘と面識があり、男の妻とも「例の件お願いします」と書かれたメールのやりとりをしており「保険金殺人」の疑いもかけられるが確証が掴めない。

そして始まった最初の裁判の後に、咲江が事務所を訪れ父親は咲江に性的暴行を繰り返していた事を証言、彼女は裁判で自身の過去を全て話、その上で三隅を救おうと考えていた。
重盛が、その事実を三隅に話すと一転、彼はなんと罪を認めないと言い始めた。最初は否認していた、しかし検事と弁護士両方から認めれば罪は軽くなると言われたと。突然の告白に混乱するも既に進んでいる裁判を途中で辞めることは出来なかった。
裁判は一時的に混乱したが、最終的には三隅の死刑が確定。
重盛は三隅の気持ちを理解しようとするが、結局は何も掴めないままだった。


三隅は咲江の父親になろうとしたのではないか?
この映画の核とも呼べる部分は「供述が何度も変化する容疑者」という部分だと思うが、この供述が変化する理由が、三隅が裁判を混乱させて咲江を守ろうとした為と捉える事が出来る。
では何故、三隅は咲江を守ろうとしたのか?

自身の娘と重ね合わせたのではないか?

娘を守る為に、行き過ぎた行為ではあるが殺人を犯した、そして咲江も、自分を守ってくれた三隅を父親のような存在として感じていたのではないか?

他人同士が血の繋がりを超えた存在になる、これまでの是枝監督作品と共通する!
三姉妹が異母妹と出会い、家族になっていく「海街diary」、血の繋がりが無い息子との問題に向き合い、父親として成長し、家族の絆を強くなる「そして父になる」と、是枝監督は、他人同士が、血の繋がりを超えた存在になる作品を制作してきた。

今回の「三度目の殺人」も、法廷サスペンスという是枝監督としては初めて手掛けるジャンルではあるが、やはり根底にあったのは、他人同士が血の繋がりを超えた存在になる事で、三隅と咲江は親子のような関係になったのではないか。

殺人の動機も真相も、劇中では核心に触れないが「娘を守ろうとした父親」の物語として観ると、いろいろと納得出来てしまう映画だった。

ターミネーターじゃない方の「T2」レントンは希望を取り戻したのか?絶望したのか?

2017年4月8日に日本で公開された「T2」は、「ターミネーター」じゃなく、90年代に大流行した映画「トレインスポッティング」の20年ぶりの続編である。
何故「T2」なのかは、監督であるダニー・ボイルは「映画の続編として理想的なのは『ターミネーター2』で、リスペクトの意味を込めて」と語っている。

トレインスポッティング」の1作目は1996年に公開され、R-15指定でありながら、若者を中心に人気を集め、部屋に「トレインスポッティング」の蛍光オレンジのポスターがあるだけで、オシャレな気持ちになれたし、「トレインスポッティング」を観ている事が「映画を分かっている奴」気分になれた。
まさに、90年代のカルチャーを代表する1作だったのだ!

トレインスポッティング」のあらすじは…?
ヘロイン中毒のレントンは、仲間たちと自堕落な生活を送っていた。
それでも、彼の事を愛してくれる両親と共に「禁ヤク生活」に挑み、就職もして更生したかのように見えたが、再びヘロイン生活に逆戻りしてしまう。
再度、仲間たちと自堕落な生活に戻るかと思われたレントンは、仲間たちの大金を盗み、街を脱出するのだった。

一大ムーブメントを巻き起こす要素が皆無の、どうしようもない内容のように見えるが、マニュアル通りに生きていけない若者の苦悩が見事に表現され、最後にレントンが走って行った時には「レントンの輝かしい未来」を想像して清々しい気持ちになったもんだ。

20年後レントンは帰って来た!
そして「T2」は、レントンが走り去ってから20年後が描かれる。
レントンのかつての仲間であるサイモンは、女性を使い盗撮した映像で恐喝をして生活費を稼ぎ、スパッドは人生が上手くいかず自殺未遂を起こし、ベグビーは刑務所暮らしから逃げ出し、息子を犯罪の道に誘うなど、成功とは程遠い人生を歩んでいた。
その地に再び戻って来たレントン
スパッドに「薬物を止めるなら、他に熱中できる事を探せ」とアドバイスし、サイモンには20年前に持ち逃げした大金の一部を渡し「家族も仕事もある、明日にはこの街を出る」と冷静に語るレントン

そこには、20年前より大人になり、立派になった姿があった。

だが、サイモンはレントンを恨んでおり、恨みを晴らす目的を込めて、レントンに再び「一緒にやろう」と持ち掛けるが、レントンは全く取り合わず、飛行機に乗って帰ってしまう。

…と思ったら、再びサイモンの前に姿を現すレントン
実はレントンは子供もおらず、妻に家を追い出され、会社ではリストラ候補になるなど、やはり成功とは程遠い人生を送っていた。

サウナを作り、事業を起こす計画を成功させる為、
再び手を取り合うサイモンとレントン

だが、レントンが戻った事を知ったベグビーは、20年前の復讐をする為に、レントンを探し始める。

サイモンとレントンは、怒り狂ったベグビーから逃れ、人生をリセット出来るのか?
スパッドは新たな趣味を見つけ、麻薬を断ち切れるのか?
4人の止まっていた時間が、再び動き出す。


「こいつら変わってないな!」が、こんなに悲しい映画もそうは無い
「T2」のメインキャラクター4人は全く変わっていなかった。
映画の続編などで、登場キャラクターの中身が変わっていないと「こいつ変わってねぇなぁ」と愛着を感じるものだが、この映画は違う。
リアルに20年という歳月が流れ、俳優の容姿もリアルに変わってしまった事もあるだろう。
20年前は若くて、未来もチャンスもあったかもしれないが、それすらも失ってしまったという悲しさもあるだろう。
「なんか、悲しい…」そんな映画だった。

監督のダニー・ボイルはインタビューで
「やっと自分の身の回りを整理しないといけないっていうことに気が付くんだ。それはつまり大人になるってことさ。この映画はいわば“失望した子供たち”を描いている。」
と語っており、20年越しで大人になった4人の姿を描いたという。

レントンが得たのは希望か絶望か?
映画は、イギー・ポップの音楽に合わせてレントンが子供の頃のベッドルームで踊るラストシーンで締めくくられる。
それは、未来もチャンスもあった若い頃に思いを巡らせているのかもしれない。
何もかもを失ったように見えるレントン、だが昔の仲間との再会を経験し、かつての「生きる力」を取り戻したかのように見える。
果たしてレントンの胸の内にあるのは希望か?絶望か?
20年前に大金を盗んで走り去った彼を見た時と同じ、今後を想像させられてしまう。

 

かつて「トレインスポッティング」を観た「若者だった」人たちは、今の彼らをどう感じるんだろうか?

映画「22年目の告白 私が殺人犯です」は、どう楽しめば良かったのかをネタバレ全開で考える

2017年上半期の映画業界、ぶっちぎりの強さを見せたのが「美女と野獣」だった。
往年の名作を、美しい映像で再現したこの作品、根強いファンが当たり前のようにいる為、その強さも納得がいった訳だが、そんな「美女と野獣」を首位から陥落させた映画があった。

映画「22年目の告白 私が殺人犯です

3週連続の首位を記録した大ヒット映画で、評価も高い作品だが、私はあえて問いたい。

この映画は「どうやって楽しめば良かったの?」

ここからはネタバレ全開で、この映画の問題点を考えていこう。

問題点その1
何故、22年間も捕まらなかったのか?
まず、この映画の楽しみ方は「犯人がどういう奴なのか?」だと思う。
22年間も警察を欺き、時効を迎えたら記者会見を開き、サイン会まで開いてしまう大胆不敵な男。
世間は男に魅了され、カリスマ的な存在になる。
取り逃がした刑事や、被害にあった遺族からすると、悲惨な状況となる訳だが…そもそも何故捕まらなかったのか?の説明が無い。
ましてやこの犯人は、刑事と一度格闘をしており、その際に左肩を撃たれているという、とてつもない特徴を持っている。
なのに、何故逃げ切れたのか?
ここは結構大事なポイントだったとのではないかと、全く触れないのは問題だと思う。

問題点その2
後付けがとてつもなく、裏切り方が酷い
この映画の楽しみ方は「時効を迎えた殺人犯、曾根崎の正体」を探る事にもあると思う。
時効を迎えて姿を現した曾根崎の目的は?そもそもこの男が殺人犯なのか?という点。
結論から言うと、曾根崎は犯人ではなく、刑事の牧村の妹と交際していた元恋人の拓巳だった、真犯人が牧村の妹を殺害した為、犯人をおびき出すために牧村と結託していたのだ。
ただ、それは映画を観ていると、何となく観客も気付いてくる。
映画は、その観客の予想を覆す為に、映画の途中で拓巳が自殺するシーンを入れる、観客は「じゃあ、違うのか?誰だ?」と思う。
だが、全ての真相が明らかになった途端「実は拓巳は生きてました」という回想シーンを入れてくるのだ。
この展開に「酷い!」と思ったのは私だけだろうか?
この展開が続くなら、後から「実はこうでした」の回想シーンを入れていけば、映画は成立する事になる。
後付けが酷い展開は、指摘する批評家もいたが「そんな事は気にならないぐらい映画はパワーに満ちている」と評価する人も多い。
果たしてそうか?私は、その後の展開がどうでも良くなったが、ただ「じゃあ犯人は誰よ?」という部分で楽しむ事にしたのだが…。

問題点その3
犯人が明らかに!そこから山のように溢れる疑問点…
「じゃあ、犯人は誰なのか?」その展開に進む為、映画はニュース番組のキャスター、仙堂のインタビューシーンに移行する。
仙堂の別荘で行われるインタビュー、そこに現れる拓巳、そして犯人が仙堂だと判明する。
そこから、仙堂が犯行を認め、1人語りに入り終いには「俺を殺せ!」とか「この殺人は美しくない」とか意味不明な事を口にするのだが…何だよ!この展開!
警察は、ニュースキャスターとしてテレビに出演していた男の証拠を何も掴めなかったの?
左肩撃たれてるんだよ?
他にも、突然殺人を止めた意味も分からない、精神的な病気で抑えられなかったんでしょ?
拓巳に指摘されただけで、あっさり認めた意味も分からないし、拓巳が仙堂を犯人と確信したのも「ボールペンを差し出して来たから」って、それで真相に辿り着けるなら、警察は22年間、何をしてたの?

この映画の不満はこの一言で「警察はそんなに無能なの?本当に何をしていたの?」である。

これが「ターミネーター」とか「リーサルウェポン」とか「現実的な事は気にせずに楽しむ映画」なら、いちいち気にしないが、この映画がサスペンスとジャンル分けされるなら、ある程度は現実的な部分は必要だったのではないか?

 

仙堂を取材している人たち目線で、話が進めば良かったのでは?
そこで、私なりに考えたのは、映画を進める目線は「仙堂を取材していたテレビ局の人」で固定して良かったのではないか?
「世間を騒がす殺人犯」「取り逃がした刑事」「一連の事件を追及するジャーナリスト」この3人を、観客と同じで何も知らないテレビ局の人目線で進めていけば、もっと物語に入り込める作品になったのではないかと思う。

 

とはいえ、鑑賞後に後ろにいた女性は「面白かった!」と興奮していたので、人の感想はそれぞれだが「自分ならどう描くか?」を考えるのも映画の楽しさなのかと思った。

相次ぐ漫画の実写化に不安を覚えている人へ、海外でも結構やらかしている映画3選

2017年は「銀魂」「ジョジョの奇妙な冒険」「鋼の錬金術師」などの漫画原作の実写化が相次いでいる。
いくら映像技術が進歩したとはいえ、実写でやるには不安すぎる作品のチョイスに「大丈夫なの?」とファンでなくても不安になるだろう。

「これがハリウッドならキッチリやってくれるのに…」とか思うところだが…実は!海外の映画も日本の漫画原作で結構やらかしていた!

そこで、今回は「日本の漫画原作でやらかしてしまった海外映画」3選を紹介する事で「やっぱり日本の漫画は日本のクリエイターに任すのが一番」と思っていただければ幸いだ。

やらかした映画その1

北斗の拳1995年作品

世紀末救世主伝説をCG無しの肉体表現だけで再現…無理だった!
東映ビデオと東北新社の協力によってハリウッドで制作された、北斗の拳の実写映画。
原作では、シンを倒すまでを映像化している。
映像技術が進歩していない時代だからか、予算が無かったからか「北斗の拳」の世界を、鍛え抜かれた肉体と特殊メイクのみで表現。
その為、内部からの破壊を特徴とする「北斗神拳」の描写はほとんど無く、いたって普通のアクションシーンが繰り広げられる。
特にクライマックスは「北斗神拳南斗聖拳」を微塵も感じない仕上がりになっており、「やっぱり無理でした」感が凄い。

シンが拳銃を使うなど「結局銃社会」な仕上がりが日本人には理解できない!
実写の表現が無理だった「北斗の拳」だが、最も文化の違いを感じる場面が、シンがケンシロウの師匠を殺すシーン。
なんと、拳銃を使うのである!
結局というか、やはりというか、アメリカの感覚だと怖いのは「神拳使い」じゃなくて「銃社会」なんだよ!
199X年になってもそこは変わらないんだよ!
文化の違いしか感じない、やらかした実写映画でした。

やらかした映画その2

DRAGONBALL EVOLUTIONドラゴンボール・エボリューション)」2009年作品

作品公開の7年後に脚本家が謝罪したほどの「これじゃない」作品
ドラゴンボールがハリウッドで実写化される」このニュースが世界に広がり、「ドラゴンボール」という作品の凄さを知らしめた。
その後「サイヤ人編とフリーザ編の3部作構成になる」など、虚実入り乱れた情報が錯綜し、世界中の注目を集めた末、2009年に公開された「DRAGONBALL EVOLUTION」公開当初は大盛り上がりだったが、「原作と全く違う」「クソ作品だ」との酷評が相次ぎ、興行的にも大コケしてしまう。
そして7年後の2016年5月、脚本家が「金に目がくらんで書いた」「ファンに申し訳ない」とインタビューで謝罪するという事態まで起きる。

キャラクターの名前だけ「ドラゴンボール」な作品
ドラゴンボール」の脚本を担当したベン・ラムゼイは、ドラゴンボールのファンではなかったが、「支払われるギャラに目がくらんで引き受けてしまった」と説明、確かに映画も「ドラゴンボール」なのはキャラクターの名前だけで、特徴が一切反映されていない「オリジナルストーリー」となっていた。
プロデューサーとして名を連ねたチャウシンチーは「スタジオの意向で自分の作りたい形にできなかった」と不満をもらし、武道館で行われたワールドプレミアも欠席、この映画が誰にも思い入れが無く、世界的に愛されている「ドラゴンボール」の実写化としては、ありあえない作品になっている。

やらかした映画その3

シティーハンター1993年

ジャッキー・チェンが「シティーハンター」を実写化!しかしコメディ色が強すぎて…
ジャッキー・チェンが「冴羽獠に似てますね」と誰かに言われた事がキッカケで製作されたと言われる作品。
しかし、「シティーハンター」にしては、コメディ色が強すぎる作品になっており、突然「ガラガラヘビがやってくる」の広東語版が流れるなど、時折付いていけない展開になる事も…。

麗になったジャッキー・チェンが敵を倒す謎の展開!
前述した「ガラガラヘビがやってくる」など日本の文化を意識したギャグが多く、中でも印象的なのが日本生まれの格闘ゲームストリートファイターⅡ」のキャラクター、春麗のコスプレをしたジャッキー・チェンが敵を倒す場面。
敵の攻撃を受けたジャッキー・チェンが「ストリートファイターⅡ」のゲーム機に頭をぶつけた事で、ストⅡのキャラが憑依するという、めちゃくちゃに感じるが、香港映画では当たり前の展開が巻き起こる。
だが、これのどこが「シティーハンター」なのか?
途中ジャッキー・チェンが、冴子役の女優を振り回しながら敵を倒していくなど、アクション映画としてかっこいい場面もある為、非常に残念である。

以上、外国が作った日本漫画原作の「やらかした映画」3選。
やはり、「原作愛」が一番なんだと感じました。

2016年の映画を振り返る「ヘイトフルエイト」 タランティーノ流の豪華絢爛映画は後味最悪の極上映画の巻

ヘイトフルエイト
2016年2月27日

トーリー
クエンティン・タランティーノ監督の長編第8作で、大雪のため閉ざされたロッジで繰り広げられる密室ミステリーを描いた西部劇。
全員が嘘をついているワケありの男女8人が雪嵐のため山小屋に閉じ込められ、そこで起こる殺人事件をきっかけに、意外な真相が明らかになっていく。

豪華絢爛なタランティーノ流娯楽大作
「ヘイトフルエイト」は、35ミリが主流の現在で70ミリフィルムが使用され、レンズは1959年の名作「ベン・ハー」の撮影で使用されたカメラレンズが採用された。
キャストも主役を演じるサミュエル・L・ジャクソンを始め、タランティーノ映画の常連ティム・ロスや実力派俳優カート・ラッセル、紅一点のジェニファー・ジェイソン・リーなど、タランティーノ流の豪華スターが出演、音楽をタランティーノが敬愛する巨匠エンニオ・モリコーネが担当し、第88回アカデミー賞で作曲賞を受賞するなど、豪華絢爛な娯楽作品に仕上がっている。
因みに、日本では70ミリフィルムで撮影した映画を上映出来る劇場が無く、嘆いたタランティーノは映画のPRの為の来日をしなかった。
親日家のタランティーノが来日しなかった辺りに、こだわりとショックを感じる。

とはいえ、いつも通りの酷い内容
「ヘイトフルエイト」は、豪華絢爛な映画として制作されているが、内容はバイオレンス描写満載の、いつものタランティーノ映画。
今回は、特にクライマックスのシーンとか残虐な表現が強く、アメリカでは上映直後に「ホラー映画だ」と言われる事もあり、タランティーノ自身が否定したとのエピソードも…。

俺が思うに、この映画で印象に残るのは「シチュー」だぜ!
個人的にバイオレンス描写の他に、この映画を印象付けるのは「シチュー」だと思う。
物語を進める重要な鍵になったのは確かだし、全員でシチューを食べるシーンは最高に良かった。
「シチューは誰が作ってもシチューだが、シチューを作った人間の味は変わらない」という理論が素晴らしい。

タランティーノ作品で印象的な食事シーンと言えば…

タランティーノ作品で、「ヘイトフルエイト」のシチューに負けない、食事シーンが印象深い作品と言えばこれ

パルプ・フィクション
1994年

タランティーノの名を世に知らしめ、未だにさまざまな都市伝説が語られ、あの哀川翔も衝撃を受けた作品。
サミュエル・L・ジャクソン演じるジュールスが、ハンバーガーを食べてコーラで胃に流し込むシーンが印象的で、ジュールスの恐ろしい性格を表現しつつ、笑えるシーンになっており、間違いなく映画史に残る唯一無二の名場面となっている。
パルプ・フィクション」は時間軸が前後するなど「ヘイトフルエイト」に共通する部分が多い為、「ヘイトフルエイト」が好きで未見の人にはお勧めだが、問題は「おそらく、そんな奴はいない」って事だぜ。

2016年の映画を振り返る「残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋‐」ラストどうしたよ!って映画は大人の事情を勝手に考えるの巻

残穢【ざんえ】 -住んではいけない部屋-
劇場公開日 2016年1月30日

トーリー
小説家である「私」のもとに、女子大生の久保さんという読者から、1通の手紙が届く。
「今住んでいる部屋で、奇妙な“音”がするんです」好奇心を抑えられず、調査を開始する「私」と久保さん。
すると、そのマンションの過去の住人たちが、引っ越し先で、自殺や心中、殺人など、数々の事件を引き起こしていた事実が浮かび上がる。 彼らはなぜ、“音”のするその「部屋」ではなく、別々の「場所」で、不幸な末路をたどったのか。「私」と久保さんは、作家の平岡芳明、心霊マニアの青年・三澤徹夫、そして「私」の夫・直人らの協力を得て、ついに数十年の時を経た、壮大なる戦慄の真相に辿り着く。

「直接的な恐怖」ではなく「感覚的な恐怖」
「手元に本を置いておくことすら怖い」と評判の、小野不由美の傑作小説「残穢」を「白ゆき姫殺人事件」「予告犯」などの中村義洋監督が映画化。
「呪いのビデオ」や「呪われた家」とか分かりやすいアイテムも出て来ないし、白装束の髪の長い女が襲って来るみたいな「直接的な恐怖」ではなく「夜中、畳に着物がこすれる音がする」「床下から赤ん坊の泣き声がする」など、我々にとって身近な霊現象を感じさせる「感覚的な恐怖」で観ているこちらを不安な気持ちにさせる作風となっている。

「あなたの知らない世界」みたいな映画だなぁ…と思ったら!
作品全体は「私」の独り語りのナレーションや、登場キャラクターが仮名だったり、ノンフィクション的な作風で、個人的には夏休みの昼間によく放送していた「あなたの知らない世界」を思い出させるような映画だった。
「このまま新倉イワオさんみたいな人が出てきて、しっとりとまとめるのかなぁ」と思ったその時。

驚愕のラスト!あなたはこの事実を受け入れられるだろうか?
映画の終盤、突如これまでのテイストをぶち壊しにくるような、驚愕の展開が始まる。
詳しくは言わないが、個人的に「後付け感が満載」のその展開に、何かしらの「大人の事情」が働いたのではないか?と、監督はプロデューサーみたいな人に「何か、物足りないよねぇ?なんか最後にドンッてほしくない?」とか言われたのだろうか?と余計な憶測をしてしまう展開が用意されている。
未見の方は、是非観てほしい、あなたはこの展開を、信じる事が出来るだろうかぁ…。(「あなたの知らない世界」ナレーション風)

映画のテイストをぶち壊しに来た映画と言えば…
ラストが意外な展開って映画は山のようにあるが、個人的にはこの映画。

マグノリア
1999年

ポール・トーマス・アンダーソン監督による人間ドラマ。死期を迎えた大物プロデューサー、彼と確執のある息子、プロデューサーの妻とその看護人、ガンを宣告されたTV人気司会者、彼に恨みを持つ娘、娘に恋する警官、過去の栄光にすがる元天才少年などを描く群像劇で、トム・クルーズも出演している事で話題になった。
作品は、LAに住むさまざまな人間たちの24時間を描いており、それぞれのドラマが最高潮に達した時に、何が起きるか?
まぁ、今更ネタバレでもないと思うので、書いちゃうけど「大量のカエルが空から降ってくる」。
3時間近く人間ドラマを観て、しんみりしてきた所で、これだよ?
当時は意味が分からず、口を開けていたら映画が終わってしまった為、改めて監督のポール・トーマス・アンダーソンが来日した際のインタビューを読んでみると「空からカエルが降ってくるという記述は聖書の中にも書かれております。それと、皆さんは驚くかもしれませんが、この映画はスピリチュアルな映画とも言えると思います。」
…その時に理解出来ない事は、時間が経過しても理解不可能なのね。

2016年の映画を振り返る「ブラック・スキャンダル」薄毛のジョニー・デップはひどい奴の巻

ブラック・スキャンダル

劇場公開日 2016年1月30日

トーリー
1975年、サウスボストンでアメリカの正義の根幹を揺るがす史上最悪の汚職事件が起きた。
マフィア浄化に取り組むFBI捜査官のコノリー(ジョエル・エドガートン)は、イタリア系マフィアと抗争を繰り広げるギャングのボス、バルジャー(ジョニー・デップ)に敵の情報を売るよう話を持ちかける。FBIと密約を交わし、情報屋の立場を悪用して敵対する組織を壊滅に追いやるバルジャー。出世欲の強いコノリーと名声を望む政治家のビリー(ベネディクト・カンバーバッチ)もまた、彼と手を組み権力の座を駆け上がっていく――。そう彼らは同じ街で育った幼馴染だったのだ。悪の象徴であるバルジャーにより徐々に取り込まれていくFBI、思惑とは別に欲望の歯車が狂い始める――。
やがて地元紙のスクープで彼らの悪事が明らかになった時、彼らに訪れる衝撃の結末とは。ギャング、FBI、政治家が手を組んだ、アメリカ史上最悪の汚職事件=スキャンダルがいま暴かれる!

実在の事件の映像化!
映画は、実在の犯罪王ジェームズ・"ホワイティ"・バルジャーを映画化した。
バルジャーは、あらゆる犯罪に手を染めた、アメリカ史上最も冷酷残忍なギャングスター。
ウサマ・ビン・ラディンに次ぐFBI最重要指名手配犯として、200万ドル(約2億4000万円)もの懸賞金を掛けられた。

ジョニー・デップがとにかく怖い!
犯罪王ジェームズ・"ホワイティ"・バルジャーを演じるのは「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズなどで人気のジョニー・デップ
ジョニーは役づくりのために、バルジャーのかつての仲間たちと面会するなどして徹底的にリサーチを行った上、薄毛のカツラとカラーコンタクト、数時間かけたメイクで実際のバルジャーを表現。
劇中での存在感は半端なく、食事中のシーンで、料理に使っている秘伝のソースを誇らしげに自慢する男に対し、何も語らないバルジャーは、観ているこちらが威圧を感じて胃が痛くなってきたほどだ!
正直、バルジャーも劇中で描かれている事件も、日本では馴染みが無い為、下手をすると「へぇ、こんな事あったんだ」的な感想で終わりそうだが、作品中のバルジャーの恐ろしさで、全てのシーンに緊張感が充満し、見応えのある作品に仕上がっている!


薄毛のカツラとジョニー・デップと言えば…
ひとつ間違えれば笑いを誘っただけで終わっていたジョニー・デップの薄毛カツラメイク。
ブラック・スキャンダル」では、バルジャーを演じるのに大成功したと言える。
ただ、前にもこんなのやってたなぁって、思い返してみると…この映画に辿り着いた。

ラスベガスをやっつけろ
1998年

ジャーナリストと弁護士が、ドラッグと薬でトリップ状態になり、ラスベガスでさまざまな騒動を起こすコメディ!
監督にテリー・ギリアム、共演にベニチオ・デル・トロと通好みの映画に仕上がっていたけど、地上波では放送できない(だろう)酷い内容に仕上がっている。(いい意味で!)
ジョニーは、2005年に拳銃自殺した実在のジャーナリスト、ハンターS・トンプソンをモデルにした、ドラッグに溺れたジャーナリスト、デュークを演じ、映画中盤でハゲ頭を披露。
このデュークも、なかなか酷い男だった。(いい意味で)
個人的には「ジョニー・デップWithハゲ頭」は「酷い奴」の法則が浮上し、次のハゲ頭が非常に気になる所である。

でも、世界的に愛されている、ジャック・スパロウもそうとう酷いよねって、ふと思いました。